クリスマスを楽しみにしていたのは何歳までだったろう。大人になってからは年の瀬があまり好きになれない。クリスマスまでは、やれプレゼントだケーキだディナーだとあんなに騒々しかったのに、それが終わった途端、ツリーはそそくさと片づけられてしまう。そして街角には正月飾りの市が立つ。まだ食べ物が残っているのに黙っていきなり皿を下げられ、次の料理を出されたような感じがする。しかも、洋風から和風へと強引に変わっているのだから、余韻も何もあったものではない。あとは除夜の鐘が鳴る直前まで、「今年はこんなことがありました」と、テレビ番組が無理やりな総決算を繰り返す。年内にすべて済ませ気持ちを新たにしたいというのはわからないではないが、そこまで急く必要もなかろうにといつも思ってしまう。
クリスマスから正月にかけてを、タイの小さな島で過ごしたことが何度かあって、どんな料理だったか忘れてしまったけれど、ホテルのレストランでクリスマスディナーを食べた。ヨーロッパからの観光客が多い島だし、泊まったホテルも経営者はたしかイギリス人である。だからクリスマスを盛大に祝うのかもしれない。はじめてのときは、仏教国の、南の島に来てまでクリスマスかと少し不機嫌になったが、他に選択肢がないのだから仕方なかった。従業員はみなサンタクロースがかぶるような赤と白の三角帽を頭にのせている。泊まり客も着飾っていた。子どもたちにプレゼントが配られる。大人には振り回すと音が出るおもちゃとクラッカー。いつもは空いているバーも、さすがにカクテルを飲む人々で満員である。クリスマスに関心の薄い自分でさえ、そのうちだんだんと華やいだ気持ちになってきて、ちょっと余分に酒を飲んだ。
翌日、朝食をとろうとレストランのテラス席に座った。目の前に仏像があってマライという花輪がかけられている。その隣には小さなクリスマスツリーが置いてあった。奇異な感じは微塵もなく、むしろ鷹揚な雰囲気が漂ってきてこちらを和ませてくれる。すぐにツリーは片づけられてしまうのだろうからと、持っていたポラロイドカメラで写真に撮った。ところが、明くる日もそのまた明くる日も、ツリーは仏像の横に置かれたままだった。
大晦日の朝、ホテルの前のビーチでデッキチェアに寝転がっていると、レストランから砂浜に下りてくる階段の両脇に、従業員が穴を掘りはじめた。ぼんやりその作業を眺めていたら、今度は別の男がやってきてそこに簡単なゲートを作る。昼過ぎには女性たちも花を持って集まり、柱の部分を飾りつけだした。門松に似ている。夕方、ゲートが完成するのを見届けてから部屋に戻ると、夜11時から新年を迎えるカクテルパーティーをビーチで催しますという案内状がベッドの上にあった。晩飯の後、適当に時間をつぶして、11時過ぎにカミさんと例のゲートをくぐった。三々五々、集まってきた泊まり客がグラス片手に談笑する。老夫婦が近づいてきて、どこから来たのかと訊くので、東京と答えた。彼らはロンドンからやってきたのだそうだ。海岸沿いのすべてのホテルで、同じようにパーティーをやっていた。遠くから音楽が聞こえてくる。そのうちカウントダウンが始まり、新年と同時に一斉に花火が打ち上げられた。火の粉が頭にかかるのではないかというくらいの近さだ。美しかった。
次の日、昼過ぎにレストランのテラスに座って前を見たら、相変わらず仏像の横にクリスマスツリーがある。こんなふうにゆっくり穏やかに進行するのなら、クリスマスも年末も、そう悪くないと思った。
◎ミュージック・ダイアリー12月『CHRISTMAS TIME』(ユニバーサル・インターナショナル/2007年11月発売)より。