カエターノ・ヴェローゾの音楽をはじめて聴いた場所はカフェだった。ブラジル音楽、とりわけボサノヴァがカフェの定番BGMとなった今ならば、そんなこともわりとよくある話なのかもしれない。しかし、それは1978年のことなのだ。聴いたのは『クアルケル・コイザ』。このアルバムの発売は1975年のはずだからリアルタイムというのではないけれど、ブラジル音楽の情報が今ほどにはなかった頃である。そのカフェの音楽的趣味は相当に進んでいたと言っていいだろう。他にはマリア・ベターニャ、エドゥ・ロボ、ジョルジ・ベン、ガル・コスタ、ジョアン・ボスコなどもよくかかっていた。カフェの名前は『和田珈琲店』という。札幌の南三条西六丁目にあった。もちろん、自家焙煎のコーヒーはとびきり美味かった。
『和田珈琲店』のマスターだった和田博巳さんは、はちみつぱいというバンドのベーシストだった人だ。はちみつぱいの追っかけを自認していた身にとって、雲の上の存在である。その和田さんが、バンド解散後に郷里に戻り、喫茶店を開業したらしいと友人から聞いて、当時、東京の大学に通っていた自分は、ある年の夏休みに『和田珈琲店』を訪れた。そして、すっかり感激し、この店のカウンターで毎日、音楽を聴きながらコーヒーを飲みたいと思った。考えてみれば、卒業したら絶対に札幌で就職するのだとあれほど執着したのは、『和田珈琲店』があったからだったという気がする。
希望どおり札幌での生活がはじまり、定休日以外はほぼ一日も欠かさず『和田珈琲店』に顔を出した。そして数多くの未知の音楽にそこで出会った。とりわけ印象的だったのがブラジル音楽である。正直に告白すると、それが好きだったという意味ではない。むしろ、その当時はついていけなかったのだ。だからジャケットが『レット・イット・ビー』を思わせ、しかもビートルズのナンバーを3曲もカバーしていた『クアルケル・コイザ』には、ほっとするような安らぎをおぼえていた。とにかく、自分にはなかなか馴染めない音楽で、他の常連たちがみな盛り上がっている。なんだか急に和田さんの趣味が変わってしまい、自分だけが取り残されたように感じていた時期だった。やがて『和田珈琲店』は改装されて『バナナボート』という店になり、自分は東京支社に転勤を命じられ、そのまま転職して二度と札幌に戻ることはなかった。数年後、『バナナボート』を閉め、和田さんも東京住まいをしていることを知った。
このCDを監修している堀内くんが、鎌倉に『ディモンシュ』というカフェを開いたばかりの頃、毎朝、顔を出しては、札幌の『和田珈琲店』の話をして聞かせた。自分の理想のカフェとそこで流れていた音楽の話だ。やがて、和田さんを堀内くんに紹介する機会が訪れ、『ディモンシュ』のカウンターでブラジル音楽の話やコーヒー豆の焙煎の話をした。堀内くんがナラ・レオンのファンで、自分がカエターノのファンだとわかると、和田さんは「二人がデュエットしているレコードを聴いたことある?」と言う。曲名は「オダラ」。閉店間際に『和田珈琲店』でそれをかけたら、たった一人残って静かに本を読んでいた客が急に立ち上がり、「この曲は誰ですか?」と叫んだのだそうだ。
それから何年かして、和田さんから「レコードを整理するけど好きなのをあげるよ」という連絡をもらった。ついでに焙煎のやり方を教えてくれるらしい。堀内くんの車で出かけた。レコード棚にはずっと探していた名盤がずらりと並んでいて、目は泳ぎっぱなし。最初は遠慮していたけれど、和田さんは何でも気前よく、「どうぞ」と言ってくれた。そのうち、「そろそろ焙煎をやってみようか」と和田さんが堀内くんに声をかける。二人は階下に降りていった。やがてコーヒーが焼け焦げる良い匂いがしてきた。と同時に、棚の中にナラ・レオンのアルバムを見つけた。カエターノと「オダラ」をデュエットしている例のアルバムだった。堀内くんには申し訳ないと思いながら、自分がもらう分のレコードにそれをそっと加えた。
◎ミュージック・ダイアリー11月『COFFEE』(ユニバーサル・インターナショナル/2007年10月発売より。