鉄道の旅が好きだ。展望車にでも乗らないかぎり前方の景色は見えないので、遠くの山々や後ろに流れていく緑の帯を眺めるには、顔を横に向けなくてはならない。そのほうが楽だから頬杖をつく。鉄道の旅がどこか自分をセンチメンタルな気分にさせるのは、この頬杖に関係があるのかもしれない。ドライヴなら速い曲を聴きたくなるけれど、例えそれが時速300キロを超える新幹線やTGVだったとしても、列車には断然、ゆったりとしたテンポの音楽が似合う。電車に揺られながら食事をしたり横になっりするのも好きだ。ただ、車両が最新型になると、スピードは増すが、窓は開けられなくなり食堂車も消えてしまうことが多いし、目的地までの所要時間が短くなるため寝台列車の本数も減っていく。残念ながら鉄道の旅はだんだん味気なくなってきた。
15年くらい前にイタリアのボローニャ駅のプラットホームで、ラザニアを買った。プラスティックの容器にプラスティックのフォーク。しかし、その熱々のラザニアはさすがは食都の味と思わせるものだったから、今でもときどき食べたくなる。その時でさえ、駅弁売りは、窓の開かない特急が増えているので商売がやりにくいと嘆いていた。そういえば、猪熊弦一郎の『画家のおもちゃ箱』という本には、彼が1938年にイタリアを旅行したときに汽車の窓から駅弁を買ったという文章とともに、その容れ物の写真が載っている。中に入っていたのはマカロニだったそうだ。自分は幸運にも、香川県丸亀市にある彼の美術館で実物を見る機会があったのだが、それは陶製の壺で表には剥げかけた蒸気機関車のマークがついていた。捨てるのが惜しいと思うのは当然だ。猪熊は当時住んでいたパリの家に、そしてついには日本にまで持ち帰り大切にしたのである。去年、久しぶりに軽井沢へ行く用事があった際、帰りに駅で買った釜飯を新幹線の中で食べ、益子焼きの容器を車内のゴミ箱に捨てたら、ごとんとものすごく大きな音がしてちょっと胸が痛んだのと同時に、猪熊弦一郎の顔とマカロニ弁当の壺が頭に浮かんだ。
パリのリヨン駅から寝台列車でヴェネツィアへ行ったことがある。これも10年以上前の話だ。豪勢な旅ではなくクシェットを利用、コンパートメントには自分とカミさんと友人、そして発車間際に乗り込んで来た女性の四人。その見知らぬ同乗者は、若いのか歳をとっているのかすぐにはわからない風貌をしていて、およそ鉄道の旅をするのに相応しくない時代がかったドレスを着ていたと記憶している。電車が動き出してすぐに、彼女は持参した正方形の大きな箱の包みを解いて蓋を開けた。中には丸いデコレーションケーキが入っていて、それをむしゃむしゃと食べ始める。まさかとは思ったけれど、結局、ひとりですべて一気に平らげてしまった。唖然とするしかなかった。しばらくして我に返った友人が、用意してきたバゲットとハムとチーズで、自分とカミさんにサンドウィッチを作ってくれた。三人で食べようとしたところ、同乗者がじっとこちらを射るように見つめていることに気づく。心優しい友人が、一緒にどうですかと自分の分を差し出した。彼女は声を出さず大きく頷いて、奪うようにサンドウィッチをもぎとり口に入れる。そして二度のおかわりでようやく満足したのか、ベッドに横になり動かなくなった。顔を見たのはそれきり。朝、目が覚めると彼女のベッドはもぬけの殻だった。寝ている間にどこかの駅で降りてしまったのだろう。寝入りばなに扉を開け閉めする音がしたような気もする。ふと、いま自分が乗っているのは物盗りが多いと悪評の高い寝台列車だったことを思い出し、慌てて尻ポケットに手をつっこんで探ってみたが、財布はちゃんと入っていた。コンパートメントから通路に出る。窓から海が見えた。いや、海ではなかったかもしれない。光が眩しかったことだけ覚えている。
◎ミュージック・ダイアリー9月『TRAVEL』(ユニバーサル・インターナショナル/2007年9月発売)より。