February 11, 2010

それほどたくさんの島に行った経験があるわけではないが、どの島にも各々の固有のテンポというものがあるように思う。ハワイ諸島の東端にあるハワイ島、通称、ビッグ・アイランドのヒロという町からホノカアまでドライヴする時、カーラジオからジャワイアンが流れてくると、そのゆったりとしたテンポが、ビッグ・アイランドに居るということを幸せな気分とともに実感させてくれる。同じ曲を、ほんの数十分のフライトでオアフ島に移動し、ホノルル空港からワイキキへ向かうレンタカーの中で聴いたとしても、たぶん何とも思わないはずだ。あるいは、すぐにでもヒロに戻りたくなるだろう。

友人がヒロについて書いた文章を雑誌で読んだ。彼によれば、ダウンタウンにある「オハナカフェ」は、もともとは「エルシーズ」という店だったというのだ。オハナカフェなら行ったことがある。3年前に「ツナミ博物館」を見学した後にぶらぶらしていて、喉が渇いたので何か冷たいものを飲もうと中に入った。カラフルな内装のフィフティーズスタイルのカフェだったけれど、そこがエルシーズとはにわかには信じ難い。もっと渋い場所を想像していたからだ。

エルシーズというのは、片岡義男が『ポパイ』のハワイ特集号*に寄せた文章に出てくる、ミスタ・アンド・ミセス・シノハラが経営するコーヒーショップ兼ジェネラルストアのことである。1982年にその記事を読んで以来、自分はいつかエルシーズでコーヒーを飲みたいと願っていたのだ。6年前にはじめてヒロに行った時、真っ先に探してみたが見つけられなかった。片岡義男がエルシーズについて書いたのは20年も前のことだから、とっくの昔につぶれてしまったのだろうと諦めた。

オハナカフェは本当にあのエルシーズなのだろうか。確かめたくて家の中をあちこち探したら、件の『ポパイ』が出てきたので久しぶりに読んでみた。エッセイのタイトルは「ヒロの町角のコーヒーショップ、エルシーズに一日いると、オールド・ハワイが手にとるように見えてくる」。蝶ネクタイをしてカウンターの内側に立つ、ミスター・シノハラのポートレイトが添えられている。よく見ると、そこに写っているカウンターの形も、後ろの壁に貼られたメニューボードの色も、自分が知っているオハナカフェのそれと、寸分違わぬものだった。

さらに読み進めた。キノオレ通りにひとけのない古い建物があって、前を通るたびに気になってはいたのだが、それがヒロいちばんの格式を誇るホテルとして紹介されている。写真の中の建物は立派だった。大きな青いプールの前でムームーを着て微笑む2人の日系女性のポートレイトを眺めているうち、オハナカフェの帰りに、近くの古道具屋をひやかした時のことを急に思い出した。店主らしき日系のおばあさんが古い歌謡曲のレコードをかけてくれたのだが、どう応えるのがいいかわからず、ちょっと切ない気持ちになってしまった。その次にヒロに行った時、その古道具屋はもう見当たらなかった。

今、思うに、自分をハワイ島へ向かわせる大きなきっかけとなった、片岡義男が描く適度にセンチメンタルなヒロには、「蘇州夜曲」のテンポが似合っていたのだろう。

◎ミュージック・ダイアリー7月『SUMMER ISLAND』(ユニバーサル・インターナショナル/2007年6月発売)より。

*『ポパイ』118号(1982年1月10日号)「冬にハワイへ行く、が大正解」