February 20, 2010
HERE TODAY

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カミさんは梅雨のことをよく「雨季」と言い違える。この七年ほどは、正月を迎える場所がバンコクか、サムイ島のチャウエンビーチか、チェンマイのいずれかだったから、季節の感じ方までタイふうになってしまったのかもしれない。タイで正月を過ごすなら、チェンマイの気候がいちばん好きだ。昼間は30℃前後、朝晩は15℃前後。寒暖の差は大きいけれど、湿度がそれほど高くなく身体にこたえるようなことがない。ちなみに正月のチェンマイを「冬」と呼ぶことはあっても、強引に四季に当てはめればという前提がつく。一年は、わりと涼しい乾季、ひたすら暑い暑季、雨の多い雨季という、三つの季節にわけられている。「春」という言葉を当てはめられる時期を探すのは、この町では難しいかもしれない。

正月を初春とするのは、旧暦の名残なのだろうか。旧暦の一月から三月までは春だそうだが、旧暦の元旦はたしか二月の上旬だったはずである。それでいくと、五月の下旬は夏の始まりということになる。東京に暮らしているかぎり、梅が咲く頃に春の訪れを感じて、ゴールデンウィークを過ぎればそろそろ初夏というのは、それほど実感とずれているとは思わない。ただ、夏が四月から六月までの三ヶ月間、つまり五月の中頃から八月の中頃までというのはどうだろう。そこからは残暑と呼ぶらしいが、夏はまだ終わっていないと考えるほうがよほど自然だ。

自分が生まれ育った北海道の山中の町では、桜の見頃は五月の中旬だった。その時期が春祭で、しかも春祭の最中に雪が降った年もあった。子ども時代の自分の季節感だと、夏というのは7月後半から旧盆までの四週間を指す。夏が終わって初雪が降るまでが秋、あとは冬。では、雪がとけて夏が始まるまでの間が春だったのかというと、そういう気もあまりしない。新学期になって新しいクラスに慣れるまでが春で、そこから夏までの三カ月弱は、何とも呼びようのない美しい新緑の季節だったと思う。決して「春」ではなかった。好きな季節を訊かれて「冬」と答えるようになったのは、東京で生活するようになってからである。寒いのが良いという意味ではない。雪に閉じこめられることもなく、晴天の日が続く十二月や一月が嬉しかったのだ。逆に、いちばん好きだった春と夏の間の、爽やかなあの新緑の時期に、雨ばかりの鬱陶しい日々が続くことにはがっかりした。一年でもっとも昼が長い季節なのに。

さてさて、春について書こうとしているのに、なかなか春の話にならない。どうしてだろうと考えてみたが、どうやら自分は「春」に対してあまり思い入れがないらしい。桜の下で酒を飲みたいと考えたことはないし、桜の花粉に対してアレルギーがあるようで、東横線の中目黒駅のホームから目黒川沿いに続く満開の桜並木を見ただけで目がかゆくなってしまうのだ。やっぱり一番は「冬」で、どうしても決めなくてはならないのだったら、二番は「夏」にする。だから、そのふたつに挟まれた春はできるだけ短いほうがいい。

そうだ、春が来るのを心待ちにするものがひとつあった。仕事場の近所にある小料理屋が、春になるとコシアブラという山菜を混ぜ込んだ御飯を出してくれる。その期間はとても短い。ときどき食べにいくのを忘れる年があるくらいだ。あれを一口頬張って、細かく刻んだ若葉の香気とほろ苦さが鼻から抜けていくときに「春」を感じる。いや、違う。去年、コシアブラ御飯を食べたのは五月の終わりだった。ということは、あれは自分にとっては「初夏」の味とすべきものか。

◎ミュージック・ダイアリー3月『PRIMAVERA』(ユニバーサル・インターナショナル/2008年2月発売)より。